あらすじ
パキスタンの山岳地帯に住む少女・シャヒーダー。
6歳になるにも関わらず声が出せない彼女は、母に連れられてインドのイスラム寺院に願掛けに行くが、帰り道の途中で1人インドに取り残されてしまう。
そんな中、シャヒーダーは、ヒンドゥー教のハヌマーン神を篤く信仰する青年・パワンと出会う。
パワンはシャヒーダーを預かることとしたが、ある日、彼女がイスラム教徒であり、パキスタン人であることを知り驚愕する。
パキスタンとインドは激しく対立を繰り返していたが、パワンはビザなし・パスポートなしで彼女を家に送ることを決意する。
果たして、二人は無事にシャヒーダーの家にたどり着けるのか。
印パの歴史
第2次世界大戦後、イギリス領インド帝国が独立する際に誕生したインドとパキスタン。
当初はひとつの国として独立を目指していましたが、イスラム教徒が多く住む地域はまずはパキスタンとして、ヒンドゥー教徒が多数を占めるその他地域はインドとして独立することになりました。
もちろん、そうした背景もあり、両国はあまり仲良くないどころか、むしろ悪いとされます。
とくに、インドとパキスタンにまたがる山岳地域・カシミールを巡る戦争(印パ戦争)が起こっており、近年でも両国による小競り合いが頻繁に起こっています。
印パと文化
このように、2つの国はあまり仲良くありませんが、そもそも同じ国だったこともあり、共通する点も少なくありません。
そのひとつが言語。インド・パキスタンの公用語は、それぞれヒンディー語とウルドゥー語。
それぞれ書き言葉で使用する文字は異なりますが、基本的な語彙と文法が一緒であり、通常は相互理解が可能とされます。作中でも、パキスタン領内に入った主人公は、特に問題なく現地人と交流しています。
また、英国発祥のスポーツであるクリケットは、かつて大英帝国の一部であったインド・パキスタンでも有名なスポーツのひとつ。
著者も、インド旅行中に立ち寄った幹線道路の「パーキングエリア」で、放送中のクリケットの試合を食い入るように見ていたインド人がいたことを、映画を観て思い出しました。
また、作中終盤の挿入歌「Bhar Do Jholi Meri」を歌うのは、パキスタン生まれでインド国籍を取得した歌手。まさに、本作を象徴する人です。
ヒンドゥー教
インドやネパールで多数派を占める宗教であるヒンドゥー教。
さまざまな特徴があるとされる宗教ですが、映画を鑑賞するにあたっては次の3点が重要になるといえるでしょう。
1.多神教
唯一絶対の神様しか存在しないイスラム教とは異なり、ヒンドゥー教ではさまざまな神様が存在します。
有名どころは、創造の神・ブラフマー、破壊の神シヴァ神、世界を維持する神・ヴィシュヌ神、そしてその化身であるラーマ。
さらには、上半身が象のガネーシャや、猿の神様・ハヌマーンなど。
なお、主人公の愛称・「バジュランギ」は「ハヌマーンの信者」。という意味のようです。
2.カースト制度
ヒンドゥー教では、ざっくりいうと4つの階層「バラモン(僧侶)」「クシャトリア(王族・武士)」「ヴァイシャ(商人)」「シュードラ(労働者)」に分けられるそうです。
また、こうした分類に属さない人を「不可触民」は呼ばれ、差別的な扱いを受けてきた(今も受けている)とされます。
3.食事
ヒンドゥー教は基本的には菜食主義。(日本にあるインドカレーには肉入っているじゃん!という突っ込みはおいておいて。)
インドの国内航空会社では、機内食での肉類の食べ残しが多いとして、エコノミーでは肉類の提供を止めた、というニュースもあります。
また、飲酒をする人も少ないようです。たしかに、インドに旅行したときはバーに該当するようなところはほとんどなかったような気がします。
インドの自然
ロードムービーでもある本作。バジュランギとシャヒーダーは、砂漠を越え、山を越えてシャヒーダーの故郷・スルタンプールへ行きます。
国境越えの砂漠のシーンの撮影場所は、インドからパキスタン東部にかかるタール砂漠。
著者がインドの街・ジャイプルに訪れたとき、やたらラクダがいたのは砂漠が近かったからなのだろうか。
また、本作で最も自然の壮大さを見せるのは、シャヒーダーの故郷・スルタンプールへ行くまでの美しい山々のシーンでしょう。
人智を超えた美しい雪山、高く抜ける青い空、雄大な自然に心を震わされます。
実は、この撮影場所はカシミール地方。この土地の帰属について、パキスタンとインドが揉めている場所です。
いつか行ってみたいな。
感想
インドに4,5日しか滞在したことのない著者ですが、確かに本作で描かれるインドは突っ込みどころがないわけではないです。
「いやいや。ニューデリーって、もっと人が多くてごみごみしてるでしょ。」とか
「空港に入るときにセキュリティが軍人だったんだけども、それって警戒する必要があるような敵対する勢力があるってことだよね。」
とか。
ただ、そんな突っ込みを入れてしまうのが野暮に思えるくらい、本作は素晴らしい作品でした。
この映画の感想を書いている別のブログによると「デリーの映画館では、エンドクレジットに入ると、驚いたことに割れんばかりの拍手とスタンディングオベーションが起きました」と。
もちろん、インド人の中には印パ戦争で家族を殺された人もいるでしょうし、現実問題仲良くなるのは難しいのかもしれません。
それでも、本作のような、インド人とパキスタン人が協力して少女を家に帰す、という「夢物語」が多くのインド人の心に響いたのは、やはり本心では仲良くしたいと思っているからなのでしょう。
シャヒーダーが母親と再会するシーンでは、映像がスローモーションになるなど、感動する場面の演出が若干しつこい気もしなくもないですが、著者が劇場で見たときは終盤では(感動から)鼻をすする音が映画館内に響くなど、日本人の感性からみても、感動すること間違いなし。
むろん、そこにはシャヒーダー役のハルシャーリーの天使のような可愛さが貢献しているのは間違いないでしょう。
2時間超の作品ですが、決して観て損した気分にはならない、まさに老若男女問わず楽しめる「映画」らしい「映画」でしょう。